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2005年11月12日

博物館・美術館紀行4

11月3日さきたま風土記の丘に行きました。


さきたま風土記の丘とは、県名発祥の地となった行田市大字埼玉にある、5世紀終わりから7世紀初めの頃に作られた9基の古墳が集まっている国の史跡です。また、さきたま資料館では古墳から発掘された遺物が展示されています。

特に、稲荷山古墳から出土した「獲加多支鹵大王(ワカタケル)」銘のある金錯銘鉄剣を直に(見学者が少ない為、なめるように)見ることができます。昭和43年に発見されたこの鉄剣は、それまで古文書にしか記載の無かったワカタケル=雄略天皇の存在を、江田船山古墳の金錯銘鉄剣と相まって証明することになった画期的(古代史を書き変えた)なものなのです。同時に発掘されたもの全てが国宝です。しかも入館料がなんと50円!で、一緒に将軍山古墳の見学もできます。この倍の値段でも安いものなあ。


それにしても、サビてボロボロになった鉄剣の上に書いてある、金錯銘のなんと鮮やかなことか。てっきり学芸員の方が上からなぞったのかと思ったらそうではなく、1500年間土の中にあって変わらない金の凄さを感じました。


古墳は良く整備(復元)されていて、9基の古墳の周囲を巡るだけでなく、古墳の上を歩くことができます。前方後円墳は写真で見ると高さがわかりづらいですが、実際はひょうたんを縦半分に切ったものを地面に置いた形をしています。よって前方部から後円部に歩くと、結構急な勾配を下って昇ることになり、立体としての古墳が実感できます。

この古墳の上を歩くというのが、中々出来ることではないのです。現在各天皇陵及び陵墓参考地は研究者といえども、一歩たりとも中にはいることが出来ません。
卑弥呼の墓か?と言われている箸墓古墳でさえ、数年前台風の被害を受けて、一部斜面が崩れたところから土器などが露出した際にも、陵墓参考地であるが故に、じれったくも研究者たちが出来ることと言えば、堀の外から双眼鏡で見ることだけでした。


そもそも天皇陵及び陵墓参考地は、昔から定まって祀られていた訳ではありません。幕末文久3年の尊皇思想の高まりから始まったことなので、既に顧みられなくなって久しい陵墓をそれらしく整備したり、実在が疑われる(フィクションの)天皇の陵墓を作ったりで、現在の姿になったのです。天皇陵の比定自体が非科学的なので、現在では考古学的に見て間違って比定されている古墳が数多くあります。例えば継体天皇陵は「太田茶臼山古墳」ではなく「今城塚古墳」であるというのが通説です。


そのおかげ?で、無指定の今城塚古墳を発掘したら、まだ調査中の段階ですが、貴重なものがたくさん出てきて、古代史の研究をする上で重要な発見がありました。そこで、大仙陵古墳(仁徳天皇陵)を発掘することが出来たらどんなにか素晴らしいだろう、と思わずにはいられません。宮内庁よ、何故頑迷に門戸を閉ざすのか。日本の文化・学門の為に、学者には研究の機会を与えるべきではないですか。と私は言いたい。江戸時代には、大仙陵古墳(仁徳天皇陵)で庶民が花見を楽しんでいたそうなのですから。

さて、さきたま古墳ですが、上記のような制約がないので、自由に散策をし、お弁当を食べ、歴史も勉強できて、国宝も見られる。季節の良いときに、家族連れで訪れるに良いところです。自分ではにわを作ることのできる施設もあります。
だた、埋葬されている人が地方の有力者であって、金錯銘鉄剣により「乎獲居臣(オワケ?)」という名前が分かっても、「古事記」「日本書紀」には載っていない無名人なので、歴史のロマンが広がってこないというのが、畿内の古墳と違うところでしょうか。今はただの畑であっても「ここを天智天皇が歩いたのか」などと思うとまた違って見える訳で、その面に欠けるというのは、致し方ないことかと思います。

おまけコーナー
「古墳亭」で食べたうどんは美味しかった。ご主人は100%しっかり群馬系の埼玉弁でした。ここは埼玉県だけど、隣は群馬県高崎市なんだと再確認してしまいました。

近くに一軒ある売店では、縄文から古墳時代までの埴輪のレプリカをたくさん売っていました。埴輪を良く理解した人が作っているらしく、なかなか良くできていて、値段もお手頃。遮光器土偶など買ってしまおうかと思いました。(結局買ってませんが)
また、この売店では行田名物「ゼリーフライ」というものを売っていました。現地に来る道すがら「行田名物フライ」という看板を多々目にしたので、いったいどんなものかと思っていました。実際は、じゃがいもおから少量のネギ等の野菜を混ぜ、衣をつけずに揚げたか鉄板で焼いたかしたもので、ソースで味付けがしてあります(マクドナルドのハッシュドポテトに近い・お好み焼きに似たものもあるらしい)味は、80円という値段が示すように、子供のおやつという感じ。元々は日露戦争帰りの人から広まったとかで、ゼリーは「銭」がなまったとの説が有力とのことです。こんな名物があるなんて初めて知りました。よろしかったら一度どうぞ。

博物館・美術館シリーズ | 18:23 | コメント (0) | トラックバック

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