物館・美術館紀行5
先週土曜日上野の「プラド美術館展」に行ってきた。
9時30分なのに既に混んでいる。団塊の世代が次々と定年を迎えていく今後、ますます美術館等へ足を運ぶ人が増えていくのだろう。その意味で、来年1月、六本木に新国立美術館がOPENするというのは、タイミングが良い。
さて展示であるが、数々の名画がある中、「プラド美術館展」の最初のポスターにもなったティツィアーノ作、“ヴィーナスとオルガン奏者”に絞って考えてみる。
この絵には様々な寓意が秘められていて、ティツィアーノは愛と美の形を“音の美”と“肉体の美”のハーモニーとして表現したとか高尚な解釈がたくさんあるのであるが。
このヴィーナスはオルガン奏者の演奏を聴きながら、長椅子?に横たわっている。窓の外には立派な庭園が見えるからお屋敷の一室にいるのであろう。豪華な髪飾り、ネックレスを身につけて。それでいながら何故ヌードなんだ?というのが率直な感想。
昔から人は、ヌードを鑑賞したいが為に神話を題材にして、女神たちを描いてきた。ボッティチェリのヴィーナスは、神々のいる花園にいて、若く完璧な肢体を持ちひたすら美しい。
それに対しこのティツィアーノのヴィーナスの場合、横に天使が描いてあるから、お約束としてこの女性はヴィーナスです、ということになっている。しかし、このヴィーナスの肉体は、理想化されていない、生身の人間(それも熟女)として描かれているので、これを女神とするのに違和感がある。加えて人間の生活空間に身を置いていることが、わいせつ感を増幅させている。
「神話にかこつけるのはもう無理ですよ。早い話、見たいのはヌードでしょ。そこまでして見たいんですか?」と、マネは「草上の昼食」や「オランピア」を描いてしまったのだろう、と私は想像する。もう、人々のこの裸への執着心は呆れるくらいだ。
しかしながら、本当のことはストレートに言ってはいけないのが世の常で、「それを言っちゃあ(描いちゃあ)、おしまいよ」なのではある。欲望は満足させたい。しかし来客に見せられるよう、居間にも置ける大義名分がなければいけない。そのせめぎ合いの中で生まれてきたものなのだろう。そうでなければゴヤに「着衣のマハ」と「裸のマハ」両方を注文した人のようにするしかないのだから。
追記
翌日曜日、只券があったので江戸東京博物館に「ナポレオンとヴェルサイユ展」を見に行った。展示は「レジヨンドヌール勲章」が見られたのが良かった。
ダヴィドの「マラーの死」を除き、「下手な絵もたくさんあるんだなあ」というのが感想。「プラド美術館展」を見た直後だけに、後年まで作品が残っていたとしても、世の中名画ばかりではない、ということがよく分かった。
ところで、相変わらず、江戸東京博物館の特別展示室は、狭くて曲がりくねった展示だ。人が固まりやすく、奥行きがないのですぐに人とぶつかり大変不快。絵は一歩下がって見たりしたいものだ。その下がるスペースがなく、いちいち人とぶつかるのではたまらない。国立博物館並みの値段を取るのだから、もっと展示を充実させよ。とにかくスペースを広く取るべきだ。
会社法の口直し1 蕎麦を喰らう
先日実家のある信州戸隠に蕎麦を食べに行った。全国的にも蕎麦どころで有名なところであり、戸隠神社(中社)近辺には蕎麦店が十数件並んでいる。
ここには、お気に入りの店が二つある。いつもどちらにするか迷うところだが、例によって「U屋」は1~2時間待ちの状態である。味は申し分なく店主やお店の感じもとても良いので、人気が出るのももっともなのだが、待つのはつらい。雪深い2月の午後2時過ぎに行くと何とか待たずに座れるので、我が家ではその時に食するようにしている。少し前まではここまで混んでいなかったのに。
よって今回は迷わずもう一軒の蕎麦店に行く。
この店は、限定で10割蕎麦を出している。店主曰く「まずこの粗塩をつけて食べてください」。塩で蕎麦を食べるなんてと思ったが、これが実にうまい。感動した。
あちらこちらの蕎麦を食べ込んできたつもりであったが、ちょっぴり塩をつけただけの蕎麦がこんなにうまいとは思わなかった。こりゃあ、つゆで食べるよりうまい。(ただし、この食べ方は10割に限る。試しに一緒に二八蕎麦も食べてみたが、こちらは不思議とつゆの方がうまい。)
よく「蕎麦にはつゆを浸けすぎるな」と言われる。「勝手にさせてくれい」と思いつつ、蕎麦猪口にどっぷり浸したままおしゃべりをしている人がいたりすると、やはり「つゆを浸けすぎるな」と言いたくなっている自分に気がつく。丹精を込めて蕎麦を打っている職人にとっては「美味しいものを、美味しく食べてもらえなくなっている」と身もだえする思いだろう。ということで、今後はつゆは浸けすぎないようにしよう。
この店は、「タラの芽・ふきのとう等季節の山菜、マイタケ」などを上手に揚げてある天ぷらもお薦め。なにより若主人の蕎麦に対する熱意が、押しつけがましくなく感じられるお店だ。
こんなにほめておきながら、店の名前はお教えできません。「U屋」のように混んでしまってもらっては困るから。みなさん、そしてご主人、ごめんなさい。ペコリ (み)