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事務所雑感


上野国立博物館「阿修羅展」

 上野国立博物館で「阿修羅展」を見てきました。
 土曜日の夕方6時過ぎ、それなりに空いているかと思われる時間を狙っていったのですが、私以上に気合いの入った人が大勢来ていて、大変混んでおりました。大人気の展覧会であり、既に新聞・テレビをはじめとして、各種マスコミで大々的に取り上げられ、阿修羅をはじめとして八部衆、十大弟子が素晴らしいのは今更言うまでもないことです。また各界の仏像フリークの方々が朝日新聞夕刊「私と阿修羅」で感想を述べられていましたので(みうらじゅん氏「自分は年を取るのにあの人は昔から全然変わらない。1300年前から…」)、今回、私は別のことを考えてみました。展示案内、画像は下記ブロガーさんを参照してください。
 いつづやの文化記号http://izucul.cocolog-nifty.com/balance/2009/04/post-4044.html
 二代目青い日記帳http://bluediary2.jugem.jp/?eid=1710

     
                  (朝日新聞から)
 見に行く前私はこんなことを想像していました。
 普段は興福寺の国宝館のガラスケースの中で前を向いている阿修羅さんは、八部衆、十大弟子の仲間達が、時々ゲストとして呼ばれて遠くにお出かけするのに、自分を見るために遠くから来るお客様をがっかりさせてないようにと、中々奈良を離れられないでいました。今回は半世紀ぶりの上野の国立博物館、その名も「興福寺展」ではなく「阿修羅展」です。ずっと地元でしか演奏していなかった伝説のスーパースターが、熱烈リクエストに応えて「武道館」でコンサートをするようなものです。いつもの蛍光灯の下での、埃っぽい様相ではなく、最高の照明の下で、色もクッキリ、金もハッキリ、360度の展示です。阿修羅さんも晴れがましいのでは…と思っていたのですが。
 お寺の仏像を博物館で展示することについては、「信仰の対象」か「鑑賞の対象」か、様々な意見があるところですが、私は良いことだと思っていました。お寺の仏像は、暗かったり、須弥段の上にあって、高かったり、遠かったり、厨子の中にあったり、はたまた金網があったりで、よく見られないことが多々あります。そんな仏像を博物館で、クリアな照明で近くに見ることが出来ると、本当に嬉しくなります。平素お寺の宝物館に展示されている仏像でも、一流の照明の下ではさらに輝いて、美しい人はもっと美しく見えます。
 前に「唐招提寺展」が開催された時、本尊「盧舎那仏座像」が光背なしで来ていました。いつもの光背を付けた公務に就いている姿ではない、普段着のくつろいでいる姿でありながらも、少し気恥ずかしそうでもあり、「不器用ですから、こんな形でお寺にご奉公させてもらっています」と言っているようでした。こんなお姿を見られるのも博物館展示ならではです。
 そこで今回の展示ですが、八部衆・十大弟子とは別に「阿修羅」だけレッドカーペットを通って行く特別室に展示されています。そして多くの人が三重四重にと阿修羅の回りを取り囲んで熱い視線を送っています。360度のガラスケース無しの展示で、横の顔、普段は見ることが出来ない後ろ側が見られるのが目玉なのですが…。あまりの混雑ぶりに、どうも集中できる鑑賞環境とは言えず、「阿修羅」が苛まれているかのように見えてきました。
 仏像とは静かに対面して、ほんの一瞬でも集中したプライベートな時間を持ちたいと思っていて、それが出来るからこそ、仏像は単に彫刻などの芸術作品とは違う面があると思っています。阿修羅の顔の後ろ側がどうなっているかと見ている私は、自分の興味本位の部分を感じ、嫌な気持ちになりました。
 しかしながら、さすが「阿修羅」です。このような状況下、華奢な姿でひとり慄然として、ひたすら修行をしていらっしゃいました。(朝日新聞夕刊「私と阿修羅」より、はな氏「ガラスケースを取ったら、思春期の悩める青年ではなく、戦う阿修羅さまがいてびっくりした」)
 その2に続く

    

 
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